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高級霊が語る自殺についての見解


まず、これを読んで欲しい。

某有名新聞の朝刊に、こんな記事が載っていた。

ブログ苦に?高一自殺
北九州 遺書「死ね、と書かれ」

北九州市内に住む高校一年の女子生徒(16)が、「ブログに『死ね』と書き込みされた」
などとつづった遺書を残し、自殺していたことが分かった。書き込みの有無などはまだ
確認されておらず、生徒の通う同市小倉北区の私立女子高校が事実関係を調べている。

市消防局や福岡県警などによると、29日午前6時55分ごろ、生徒が自宅で首をつって
いるのを母親が発見、119番通報したが、間もなく病院で死亡が確認された。28日夜
から29日未明にかけて自殺を図ったとみられる。家族あての遺書には丁寧な字で
「お世話になりました」といった記述とともに「ホームページのブログに『死ね』と書き
込みされていた」などと書かれていたという。

県警は、生徒の友人のホームページにこの生徒の悪口が書き込まれていた可能性
もあるとみて、学校側に対し「学校裏サイト」の有無や、書き込み、いじめなどが
なかったかなどについて調査を求めている。学校側も29日以降調べているが、
遺書の内容に該当するような書き込みはまだ見つかっていない。

同高は30日午前に全校集会を開いて事件を報告。31日には保護者集会を開いた。
全校集会後、生徒の級友や同じ中学から進学した生徒を中心に動揺が広がった
ため、臨床心理士が相談に応じる態勢を取ったという。

同高によると、この生徒は明るく、はきはきとした性格で、学級委員もしていた。
校長は「これまでネットやブログの使い方について機会あるごとに訴えてきた。
本当に残念でならない」と話している。

過去にも自殺例

ネット上の書き込みなどが原因とみられる若者の自殺は過去にも起きている。

昨年7月、ネット上に裸の写真を載せられ、「キモイ」などと書き込まれた神戸市須磨区の
私立高校3年の男子生徒が校内で飛び降り自殺。その後、同級生4人が恐喝未遂などの
容疑で逮捕された。

昨年10月には、ブログで同級生から中傷された岡山市の中学3年の女子生徒が遺書を
残して列車にはねられ、自殺。書き込みをした同級生は侮辱の非行事実で岡山家裁に
書類送致された。

06年10月にも、同級生からブログに「うざい」などの書き込みをされた山梨県の高校
2年の女子生徒が自殺未遂をしている。

なんでこんな悲劇が起きるのか分かるかね?
それは・・・・

大人が何も教えてやらないからだよ!

戦後の皆平等教育のせいなのか、小粒な大人ばっかりに
なってしまった・・・。子供にちゃんと教えられない大人で
溢れている。俺も一応大人の年令だけど、まだこの時点では
二十六歳だからな!もっと三十代、四十代、五十代、六十代、
七十代、八十代の人達がちゃんとやってもらわねば困る!
なんで二十代の俺がこんなに頑張って
んだよ!オイラまだ二十六年間
しか生きてないんだぞ!
ってことで、俺ってすごいな(゜∀゜)〜

齋藤健一氏、すごい。

だから、俺がなぜ生きなくちゃならないのか、
なぜ自殺してはならないのかを教えてあげるよ。

とりあえず下の文章を読みなさい!


これは、前に紹介したアラン・カーデック(カルデック)が、高級霊(霊界で修行し
色々な知識を携えるに至った元地上に生きた人の霊)と対話した『霊の書』という
書物の中の記録である。まあ、これも信じるも信じないもアナタ次第ですが、
かなり具体的に自殺について述べてあり、参考になると思いますので紹介しときます。


生の倦怠−自殺

はっきりした理由もないのに、人は時々生の倦怠におちいります。あの原因は何ですか。

「何もやる事のない状態、何か信念の欠如、食い飽きて飽きあきした状態、これである。
自分の資質に合った、有用な目的に向かって努力をしている人には、苦労は少しも
不愉快ではない。彼の時間は自分に叶った仕事をしているので、坦々と過ぎて行く。
彼は人生の波風にも、甘んじて耐えていける。彼の目は未来の揺るがぬ永遠の幸福
に向けられているから」

人間には自分の命を絶つ権利がありますか。

「いや、その権利は神にのみある。我意によって自殺する者は、彼を地上に送った
神の命に背くものである」

−自殺は常に自由意志から出るのですか。

「自殺をする狂人は、自分のしていることが自分に分かっていない、ということである」

厭世(えんせい)自殺をする人達、これはどう考えたらよろしいですか。

「愚か者よ!なぜ世に役立つ仕事をしようとしないのか?そうすれば、人生とは
一向に退屈なものにはならぬだろうに」

この世の苦しみや失望から、自殺に逃げ道を求める者達を、どうお考えですか。

「彼等は人生の些細な苦悩を耐える勇気を欠いた、弱虫である。神は勇敢に耐える
者には手を貸し給う、勇気も強さも持ち合わさぬ者達には力を貸し給わぬ。人生の
艱苦
(かんく)
は試練であり、罪の償いである。黙って耐え忍ぶ者は幸いである。
彼等に返って来るものは大きい。他方、自分の幸福を偶然や運に期待する者は、
不幸である。偶然や運は、彼等の言い草ではないが、一寸の間は案配が良い。
だが時が経てば、その言葉の虚しさが、一層手厳しく思い知らされるだけ」

−人を自殺に追い込んだ者達には、その責任はないでしょうか。

「ある。しかもその罪は甚だ重い。何故なら、これは殺人である。彼等はその責任
を負わねばならぬ」

自殺する者は、逆境と闘い、絶望の挙句自殺したのだと、こう考えることは出来ま
せんか。

「そういう自暴自棄が自殺なのである。だが、自殺に追い込んだ人物、すなわち、
もしかしたら自殺させずにすんだ人物は、自殺した本人より罪が重い。従って、本人は
寛大に裁かれよう。とは申しても、彼に何の罪とがないわけではない。もし、彼が堅実
さと忍耐に欠けていたのなら、困難を乗り切るため知恵を奮ってベストを尽くさなかった
のなら。それにまた、もっと罪のある場合がある。プライドが邪魔をして知恵を働かさな
かったとか、肉体労働で生計をたてるのを恥としたとか、社会的地位をおとすくらいなら
飢えた方がましだと、そういう考え方をしたのだったら。逆境にめげずにこれを耐え、
つまらぬ利己的な悪意の批判を物ともせぬ、そういう姿勢の中にこそ、百層倍の高貴
さと真実の威厳があるのではなかろうか。つまらぬ悪意の陰口を叩く者共は、少しも
困ってない人には善意を示しても、本当に困っている人には手も差し出さない、そう
いう手合なのだ。こういうやからのあれこれのために、生命を断つなどは二重に
馬鹿げている。死んだからといって、彼等は鼻もひっかけない、そういう事を見ればね」

絶望による自殺と同様に、不法行為の恥辱から逃れるための自殺も、非難に値しますか。

「不法行為が、自殺によって拭い去られるものではない。それどころか、初めの不法に
もう一つの誤りを付け加えることになる。誤りをあえて犯す勇気があったのなら、その
不法行為の始末を見とどける勇気があって然るべきである。神は唯一の審判者であり、
不法を犯した諸般の事情を考慮して、その不法の罪一等を減じられることもあるのである」

子供や家族へ恥辱が及ぶのを避けるため、自殺をしたとすれば、これは許されますか。

「そのような手段に頼ることは間違っている。しかし、本人がこれが一番良い方法と
考えた末での決行なら、神は本人の意図に目を止められる。と申すのは、これが本人が
自分に課した罪の償いであるから。彼の誤った行為は、その動機によって情状酌量
されるが、それでも罪は罪である。もし、世間から偏見や中傷や陰口が取り払えるなら、
自殺はこれ以上増えないだろう」

〔注解〕悪事をして面目がつぶれるのを逃れるため、自殺する者は、神の評価よりも
人間の評価に重きを置いている。と言うのは、償いのため現世で自殺をした、その罪
の償いの手段のため、不法行為の罪の重荷はそっくり背負ったままで、あの世へ
行く破目になるのだから。神は人間より冷酷ではない、神は心から悔いる者を許し給う。
我々が過ちを努力して償おうとすれば、これを斟酌(しんしゃく)して下さる。しかし、自殺をしても
何一つ償いとはならない。

早く楽になりたいと願って、自殺する者について、どうお考えですか。

「これも愚か者の行為である。かような者には、人に役立つ事をさせなさい。そうす
ればもっと確実に楽に幸せになれる。この者は自殺によって、幸せな国に入る時
を遅らすことになる。と申すのは、彼は地上へ逆戻りすることを請い求めることに
なろう、愚行で切断された人生をやり直すために。善人の聖域は愚行によっては
決して開かれることはない、たとえその動機が何であっても」

他人の生命を救うために、または、他者に役立つために、生命を投げ出した犠牲
行為は、価値あるものではないでしょうか。

「そのような目的で行われれば、それは崇高である。かような自ら進んでの生命
の犠牲は、自殺ではない。神が喜ばれないのは無益な犠牲的行為である。また、
自尊心による薄汚れた行為である。犠牲行為は利害がからんでいない時だけ価値
がある。もし、利己の目的で行われるなら、その分だけ神の前では値引きされる」

〔注解〕他者のために、自分の利益や楽しみを犠牲にする事は、神の前では最大の
価値がある。それが愛の法にかなっているからである。生命は地上の所有物の中
で、人間が最も価値をおくものである。従って、同胞のためにこれを投げ出す者は、
罪を犯すものではない、彼は献身を行うのである。だがその前に、彼は自分の生命
が死よりも大事ではないのかと、一度問うてみねばならない。

自分で、それが死を早めると分かっている、恐ろしい激情におちこんでいる者、
しかし、それが習慣になって自分でもどう仕様もなくなっている者、彼は自殺を
しているのでしょうか。

「彼は精神的に自殺している。この場合は、三重の罪があるという事が、お分かり
だろうか。一つは意志の固さが欠けている、二つには獣のようになっている、
三つには神を忘れている罪」

−このような者は、絶望で自殺する者より、なにがしか罪が大きいのでしょうか。

「この者の罪の方が大きい。と言うのは、自分はまさに自殺といえる道を歩いている
事を、反省してみる時間があったのだから。時のはずみで自殺する者がある。この
場合、狂気といえなくもないある程度の戸惑いがある事がある。だが、質問の彼は
狂人よりずっと罪が重い。なぜかというと、罪の報いである罰は、その犯行をする際
の本人の意識がどうだったか、これと常に関係があるからである」

自殺で自分の苦しみを短くしようと、死の淵へ身をさらす者の場合、間違っていますか。

「神の定められた死の時を待たないのは、常に誤りである。それに、自分の生命の
終わりの時が今来ていると、誰に分かるだろうか。自分で最後の時と思っていても、
どんな救いの手が現れないとも分からないではないか」

−自殺は、普通の状況では、悪い事は当然のことです。しかし、もう死ぬことが分
かり切っていて、ほんのちょっとその時間を早めるだけ、という場合がありますが。

「この場合、神の御意志のままに従う、その気持ちが常に欠けているのである」

−この場合、自殺したら、その結果はどうでしょうか。

「他の場合と同様である。自殺した状況に応じて罪の重さが定まり、罪の重さに
応じて罪の償いがある」

軽率な行為のために、たまたま命を失った場合、罪がありますか。

「傷つけようという意図も思いもないのだから、罪はない」

ある国では、婦人達は夫が死ぬと焼身自殺を遂げます。これはいわゆる自殺ですか。
彼女達はその罪を負うことになりますか。

「彼女達は迷信の偏見に従ったのであり、また多くの場合、自由意志というより、
権力の犠牲者である。本人達も義務を遂行しているのだと信じている。かような
行為は自殺の性質をもっていない。彼等が何と言おうと、これは民衆大多数の
無知、精神の低さ、その所産である。文明が発達すれば、かような野蛮なたわけた
慣習は消え去るだろう」

愛する者を失った悲しみに耐えきれず、来世で一緒になる期待をもって自殺する
者は、望みどおり目的が遂げられますか。

「自殺しても、その結果は、期待とは逆になる。愛する人に会えるどころか、この
悲しい誤りを犯したために、長期にわたり、目指す相手からは切り離されたままに
なる。神は、この心根の卑怯、神慮を信じぬ神へ向けられた軽侮、この行為に対し
ては、いかにも一人よがりの本人の願いに、お応えになる筈はないのである。
本人は悲しみの時を短くしようとしたばかりに、却って大きくなった悲しみによって、
己が愚行の償いをさせられるのである。かねてよりの望みが叶えられることは
ないのである」

自殺の結果は、本人の霊の上に、どのように及びますか。

「その結果は、個々の場合によって違う。と申すのは、罰が、どのような経過で
自殺に至ったか、その状況に応じて色々違ってくるからである。先ず、自殺者全員
がひとしく受ける罰は、失望落胆これである。他は、それぞれの事情で異なる。
自殺者の中のある者達は、死後すぐに誤りの償いをさせられる。他の者達は、償いを
するとしても、自分が放り捨てた人生よりも、更に辛い新しい人生で、やり直しをさせ
られるだろう」

〔注解〕自殺の結果は個々の場合ですべて違っている、という上記の解答は、観察に
よって確かめられている。ただし、その中の幾つか、突然に生命を失ったものの場合は、
暴力で生命を奪われたものと同じ結果を示している。右の場合の特色は、霊肉をつ
なぐ紐が丈夫で切れにくい、切断の瞬間、非常な抵抗を示すことである。これに対し、
自然な死の場合は、生命の紐は徐々に弱まり、生命がすっかり燃え尽きる前に、
千切れていくのである。暴力的に生命を失った場合の結果の第一は、一般に死後に
味わう精神的混乱の期間が永びくこと。第二に、自分は未だ地上で生きているという
錯覚を、当分の間もちつづけるということである。霊肉間にある引力のために、自殺者
の幾つかの場合、まだ肉体の中にあるような意識をもち、自分は死んだ筈なのに死
んでいないので、激しい苦悩と恐怖を経験する。これは本人が自分で縮めた生命の
期間ほども続くものである。自殺の結果がすべてこうだとは限らない、しかし、自分
で生命を縮めた者は、勇気と忍耐を欠いたことの結果から逃れるわけにはいかぬ。
いつかは、何らかの方法で自己の誤りを償わされることになる。実は、ひどく不幸な
地上生活を送った霊達が、次のように言っている。自分達はその前世で自殺したと
いうこと、それで自ら志願して新しい試練を引き受け、甘んじてこれを耐えたのだと
いうこと。ある場合は、自殺したが現世との何かの引っかかりができていて、幸福な
国を目指しても、道は閉ざされ、徒にもがいているということである。またある場合は、
ただ唯あるのは無益な事をしたという悔恨、それから受け取るのは失望ばかり、
こういうことである。

宗教、道徳、及び全哲学体系は、自殺は自然法に反するものとして非難する。
その根本原理は、人間には自分の意志で生命を縮める権利はないということである。
しかし、なぜ我々にその権利がないのか。なぜ我々は自分の苦しみに終止符をうつ
自由をもたないのか。この点、心霊主義は自殺の実例によって、下記のように主張
できる。自殺は道徳違反として、間違いであるだけでなく、得るものは何一つなく、
更に償いまでしなければならないのであると。この心霊主義の教えは、単に理論に
とどまらず、我々の前に展開される事実なのである。

分かった?自殺しても何一つ良いこと、得なことなんてないよん!
すでに自殺してしまった人については、私はどうしようもないが、
あなたはまだ生きているから、やっぱり自殺は止めときなさい!
自殺してから後悔しても、もう肉体には戻れないよ!

自殺禁止!

自殺への道は現在通行止めです。
生きるという道へお進みくださいませ。

それで、まあ、この『霊の書』には、他にも色々と有益な
部分が多いから、特に有益だと思われる部分を抜粋して
紹介しよう。これを見て勉強なさるがよろしい。


地上誕生の目的


霊が肉体をとって誕生する目的は何ですか。

「完全に到達する手段として、神の課し給うた必要な体験である。ある霊にとっては
罪亡ぼしの意味をもち、またある霊には、これをもって使命を果たすことになる。
完全を達成するために、彼等は地上生活のあらゆる盛衰変化を体験せねばならぬ。
罪亡ぼしのためにいろいろ経験をすることは大変有用なことである。この誕生の
ためにはまたもう一つの目的がある。即ち、創造の事業に役割を果たせる霊になる
こと、これである。この目的に沿い、彼は誕生した世界の物質状況と調和した道具に
ふさわしいものになる。またこれを通じて、彼が神から任ぜられたその世界と結び
つつ、彼固有の仕事を果たすことが出来るのである。かくて、彼は一つの歯車の
ごとく、自己の役割をもって貢献し、他方では自分自身の進歩向上をも達成する
のである」

初めから正しい道を歩いて来た霊にも、物質界誕生が必要ですか。

「霊は、初め、すべて素朴で無知なものとして創られた。彼等は地上生活の苦難と
闘争を通じて教訓を獲得するのである。苦しみなくして、努力なくして、経験から得る
功罪なくして、公正なる神も、一つの霊といえど幸福ならしめることが出来ようか」

−もしそうなら、正道を歩いても、何の得にもならないということになりませんか。
正道を歩いたとて、なおかつ地上に生まれ、苦しみを味わわねばならないの
ですから。

「そのような霊は、他よりも早く、完成の終着点に到達する。しかも、苦痛というも
のは、霊のもつ不完全さに起因することが多いから、従って欠点少なければ、
苦痛も少なくてすむ。だから、他をねたんだり、うらやんだり、欲や野心をもたぬ
霊は、欠点が少ないから、それから生じる苦痛を受けなくてすむのである」


唯物主義

解剖学者、生理学者、及び科学研究に従事する人々は、唯物論におちいり易い
のですが、どうしてですか。

「生理学者は何事も五官を基にして考える。人間の誇りにかけて、五感で万事説明
できるとなし、人間の理解を超えるものがあるなどとは認めたがらない。科学は
一部の人達を厚顔にする。つまり、自然は自分達から何も隠すことはできないと
考えるのだ」

本当は、宇宙を支配する英知の存在を教えてくれる筈の研究なのに、唯物論
が結果として出て来るのは、残念な事ではありませんか。

「まことに、科学の研究の結果が唯物論とは、科学の本意ではない。これと
いうのも、どんな研究をしても間違った結論を引き出す、人間の不完全さのゆえ
である。人間というものは、どんな良いものからでも悪いものをひき出す。それ
だけでなく、人間は滅びるという観念は、その外見上よりも、本人達を悩ませて
いる。だから、唯物主義を最も声高く主張する者は、勇敢と申すより高慢なの
である。いわゆる唯物論者の大部分は、未来生命に何の合理的な論点ももた
ない、単にそれだけの人物である。前途に空虚さしか見ぬ者達に、確たる未来
への合理的な信念を示してやりなさい。彼等は溺れる者の気持ちで真剣にそれ
にとりすがるであろう」


試練の選択

遍歴の状態にある霊が、再生に入る前に、次の人生で起こることを予見しますか。

「霊は独力で、やがて自分が受ける試練を選ぶ。霊の自由意志とは、実に、この
選択の自由の中にある」

−では、懲罰として、人生の苦難を課すのは神ではないのですか。

「何ごとも、神の許可なしには生じない。何となれば、宇宙を支配する法則を定め
られたのは神であるから。諸君も右顧左眄(うこさべん)せず、何故に神がそのような法を
創られたかを探求した方がよい。神は霊に選択の自由を授けるにあたり、自分の
行為とその結果に全責任をもつように委ねられた。人は何でも思いのままに出来る。
前途には正道が開かれており、同じく誤りへの道も開かれている。しかし、もし彼
が敗れたとしても、慰めの道は残っている、万事はそこで終わってはいないので
ある。しかし、神は善なるかな、彼はもう一度やり直すことも許されているのである。
更に、諸君がここで心得ておかねばならぬことは、神の御意志の仕事と、諸君の
意志の役割とは違うということ。もし危険が諸君の身に近付いたら、その危険を
創ったのは諸君でなく、神である。諸君は自らその危険に身をさらすように選択
した、それは、諸君がそれが進歩の道であると見てとったから。神はそうすることを
諸君に許し給うたのである」

もし自分の受ける試練を私共が選ぶ自由を持つとするなら、地上生活で味わう
苦難は、これはすべて、私共が予め選び予想していたことなのですか。

「いや、すべてがそのとおりとは言えない。即ち、諸君はこの世で起こる事柄の
すべてを、その細部にわたるまで選び予見したわけではない。諸君はどんな種類
の試練を受けるのかの選択をしただけである。この試練で生じた出来事は、諸君
が選んだ一般的な状況の結果であり、またその試練に対する諸君の反応の結果
である。

たとえば、ある霊が悪人達の中に生まれる運命を選択するなら、彼は自分が
どんな試みにあうかは分かるが、どんな行為を行うかについてはいちいち分か
らない。そのような細かい行為は意志活動、つまり彼の自由意志の働きの結果
である。霊が一つの道を選べば、そのためにどんな種類の試練にあうかは分かる。
だから大体の推移については理解できるが、いちいちそれがどうなるかは分か
らない。具体的な出来事については、その時の状況やいきさつで違ってくる。霊
にとっても前もって予見できることは、新しい人生の骨格のみで、即ち彼の運命
に決定的影響を与える事柄のみである。もし、わだちがいっぱいついている路
に入れば、転ぶ危険があるから、誰でも慎重に歩かねばならぬことまでは分かる。
だが、どこで転ぶかは分からない。また十二分に気をつけて行けば、転ばずに
すむことだってあるだろう。またもし道を歩いていて、レンガが頭上から落ちて
きたとする、まさか諸君は、この筋書きが出来ていたとは考えはすまい」

霊が悪人達の中に生まれることを選ぶなどということが、あり得ましょうか。

「人はその求めている試練の性質に、かなった環境に入ることが必要なのである。
彼が是正したいと思っている欠点と、彼が選んで入った環境との間には、きっと
相通じるものがある。たとえば、もし彼が略奪という本能と闘わねばならないと
するなら、彼は山賊の群の中に入る必要があるということだ」

−では、もし地上に一人も悪人がいないとすれば、霊はある種の試練に必要な
環境を発見できませんね。

「それが事実ならもう何も言うことはないのではないか。これは高級の世界、
悪の近より難い善霊のみの住む世界。地上も一日も早くこのような世界に
なるようにされたい」

霊が完全に到達するには、あらゆる種類の試練を経験する必要があるのですか。
高慢、嫉妬、貪欲、肉欲をそそるような、あらゆる環境を体験せねばならないの
ですか。

「いやそんなことはない。ご承知のように、多くの試練を受ける必要のない道を、
初めからとる多くの霊がいるのだから。しかし道を誤ると、その道のもつあらゆる
危険に身をさらすことになる。たとえば、ある霊が富を求め、それが認められる
かもしれない。この場合に、彼はその人格に応じて、貪欲家、道楽者、利己主義者、
あるいは寛仁大度の人物となり、財産を活用するかまたは浪費するかである。
しかし富を持ったため、一切の悪でむちうたれる者になるとは限らない」

霊も、最初は経験もなく、無知単純なのですから、どのようにして、しっかりした
人生の選択など出来得ましょうか。また、その選択に責任など持ち得ましょうか。

「揺り籠の中の幼児のために諸君がするように、神はそのような霊のために道を
画いてやり、無経験のために欠けているものをお授けになる。しかし、自由意志
の成長につれて、徐々に自分で選択するようにしむけ給う。こういう場合、しばしば
その霊は途方に暮れて、間違った道をとることがある。もし、彼が彼を導こうと
している善霊の忠告に耳を傾けないならば。人類の堕落と呼ばれるかもしれない
ものはこれである」

−霊が自由意志をもつようになった場合、地上界に生まれるのは、本人の選択
によるのですか、それとも神が罪の償いとしてそうなされることもあるのですか。

「神はゆっくり待ち給う。もし、霊が無知と頑固さによって、自分のためになるもの
に気付かぬ時、また、それが彼の浄化と進歩に役立ち、他方、彼の償いのために
もなると考えられる時」

霊は死後すぐに、その選択をするのですか。

「いや、霊の多くは自分の苦しみが永久に続くと信じこんでいる。これは懲罰で
あると、かように諸君は以前に聞いたことがあるだろう」

霊が自分が受ける試練を決める時、何がその決め手になりますか。

「それは自己の欠陥を償うのに役立つもの、同時により早く進歩させてくれるもの、
そういう試練を選ぶ。この目的のために、ある霊は貧困の苦を自己に課して、
それに耐える勇気を養おうとする。またある霊は、財産や権力の試練で抵抗力
の訓練をしようと望む。これは、財や権力をもてばこれを悪用したり、またそれある
が故にかえって悪感情を持ったりするので、更に危険性の多い道である。またある
霊は、悪い環境と闘う運命を選んで、自己の善意を養っていこうと志す」

ある霊は道徳心を養うために、悪に身をさらす道を選ぶとします。しかし他の霊
は同じ悪の道を選ぶとしても、別の動機から、つまりは低い自分の堕落した好み
に合った環境に住みたい、またその環境なら快楽が自由に得られるからという
願いから、そういう霊もいるのではありませんか。

「確かにそのようなことはある。但し、それは特性が大変未完成な霊の中に、
そういう例があるだけである。その場合も、必要な試練は自然に発生し、霊は
長期にわたりその試練を受けることになる。早晩、彼等は動物的本能に耽る
ことは、悲惨な結果を招くということを理解するようになる。その悲惨は殆ど
永遠に続くように自分には思えるものだ。また神は時として、彼等をその状態
のままで放置し給うこともある。即ち彼等がついに自己の欠陥の重大性に気付き、
それを改善するために、自ら進んでそれに適した試練を甘受してみようという
気持ちになるまで」

最も苦痛の少ない試練を選ぶのが当たり前と思えますが。

「諸君の立場からすればそう思えるだろうが、霊の立場からすれば違う。
人が物質から解放されると、そういう考えはなくなって、違ったふうに考える」

〔注解〕人間は地上にあって物質の影響下にある時は、試練の辛い面だけを
見て、物質的喜びに結びつく体験の方を選ぶ。しかし霊の世界に入ると、チラリ
と不変の至福が目に入るので、これと物質的な一時的快楽とを比較して、
ちょっと苦労しさえすればこの至福が手に入ると判断する。そこで、霊は最も
辛い試練を選択し、結果として辛い人生を引き受ける。これによって、迅速に
幸福へ到達できることを願って。それは丁度、病人が病気が早く治るために、
苦い薬を飲むのと同じである。

霊は、地上世界にある間に、選択をすることが出来ますか。

「人が欲求を抱けば、その意図の性質にもよるが、ある程度の影響をもつ。
しかし当人が霊界に入ると、まるで違ったものの考え方をすることが多い。
人は霊としてのみ自己の次の人生を選択するものである。しかしそれにも拘らず、
人は物質界に在る間に、その選択をするやもしれぬ。というのは、霊は地上に
在る間にさえも、地上の物質から独立したたまゆらの瞬間をもつからである」

−地上の多数の人間は、償いとか試練とかいうこともありましょうが、先ず地上的
な意味の偉大さとか財を求めますね。

「そのとおり。人が心の充足を求めて、世間的偉大さを目指すのは本能である。
霊がそのようなものを望むとすれば、世の栄枯盛衰を心に刻む、そのためである」

霊は完全な浄化の状態に到達するためには、絶えず試練を受けていかねば
ならないのですか。

「左様である。しかし試練といっても、諸君が考えるようなものではない。諸君は
試練といえば、物質的苦難とのみ考える。しかし霊は完全といえなくても、ある
程度の浄化に達すると、もはやそういう物質的苦難は受けなくなる。それにも
拘らず、霊は自己の進歩にための義務を遂行せねばならない。しかし、その義務
には苦痛は全くない。例えば結果として自分の進歩に役立つ他者への奉仕のように」

霊が自分で選ぶ試練の効果を見誤っていたということがありますか。

「霊が自分の力に余る試練を選んで、これに負けてしまう場合があるやもしれぬ。
また何の利益にもならない試練を選んでしまうことがあるかもしれない。例えば、
本人が怠惰で、ろくでもない人生を過ごそうと思うような場合。しかしそういう場合、
霊界に戻って来ると、何も得るところがなかったと感じ、失われた時間を埋め合わ
せようと願う」

人がその職業についた原因、甲の人生でなくなぜ乙の人生を選んだか、
これは如何でしょうか。

「この回答は、諸君自身の中にあるのではないかな。現在その職業についている
ことは、既述の試練の選択の結果であるということ、また、前生涯での進歩の結果
でもあるということ」

文明人が、償いのために、野蛮人の中に再生することがあり得ますか。

「ある。しかし、それはどんな償いをするかによる。自分の奴隷に残忍だった主人は、
次は奴隷となり、他人に与えた苦しみを今度は自分が受けることになろう。権力を
奪った者は、前生で彼に頭を押さえつけられていた人々に従わねばならなくなる。
自己の力を濫用すれば、償いとして、上記のような人生が与えられるだろう。
しかし、一方、善霊も低級な種族の中に生まれる運命を選ぶこともある。これら
種族の進歩を促進させるために。この場合の再生は、使命による再生である」

前生の記憶を失うこと

地上に生まれてくると、なぜ過去を忘れるのですか。

「人は何事も知ることは出来ず、また知ることもないであろう。神は英知をもってこの
ように定め給うた。もし目を遮ってくれる幕がなければ、急に闇から光へ出て来る人
のように、目が眩んでしまうだろう。過去を忘れ去ることによって、人はいっそう自己
自身であり得るのだ」

生前の記憶がないのに、どうやって生前の行為に責任をもったり、過去を償
ったりすることが出来ましょうか。また前生の経験をどうやって生かすことが
出来ますか。人生の苦難も、それが前世の悪行の報いであることが分かって
こそ、初めて効果があるものでしょう。しかし前世を忘れてしまえば、人生は
これが初めてだと自分に思われ、同じ行為を何度も繰り返すことになるでしょう。
これをもって、いったいなお、神の正義と言うことが出来ますか。

「再生毎に、霊はその知性も、善悪判断の能力も進歩していく。もし霊が前生を
何もかも記憶していたら、どこに彼の自由があろうか。霊が死後霊界に帰って
来ると、その眼前に、過去の一切がパノラマのように見えてくる。彼はそこに自分
の犯した過失を、苦しみの原因を見る。また、こうすれば過ちを犯さずにすんだで
あろう事情も分かってくる。こうして彼は自分が今置かれている境涯の正当さを
噛みしめる。すると、もう一度人生をやり直したい、今度こそ過去の失敗を償い
たいと思う。過去には失敗したが、それと同じ試練をもう一度試みたい、あるいは
また、進歩に役立つような試練を受けてみたいと希望する。そこで先輩の霊達に、
来るべき自分の事業に援助してくれるように頼む。彼は知っている、次の人生で
自分の指導役に任命される霊は、彼が前生で犯した失敗について、何らかの直感
を与えてくれることによって、失敗を償うように一生懸命努力してくれるということを。
この直感とは、悪い考え罪ある欲求として、しばしば本人の心に起こるが、本人は
本能的にこれを拒絶する、本人はこの拒絶を両親から受けた本性によるものと
するが、本当は本人の良心のささやきによるのである。このささやきこそ、過去
の追憶のささやき、過去の失敗をもう一度繰り返さないようにとの警告である。
新しい人生で、不屈の意志でこの試練に耐え、誘惑に抗して失敗を犯さない者は、
霊性進化を遂げ、再び霊界に戻って来た時、一段と高い境涯に入るのである」

〔注解〕もし吾々(われわれ)が地上生活中に、前生について、自分が行った善悪いずれの
行為についても、正確な記憶をもたなくても、吾々は過去についての直感をもつ。
それは本能的なささやきで、過去の過ちを再び繰り返すまいとする心の要求
とも言うべき意識であって、それが吾々にそれを避けるようにと警告してくれる
のである。

人の性向は過去性の反映だとするとき、この性向をよく検討すれば、過去に
犯した過ちが何であるかを自ら発見できる、こう考えてよろしいですか。

「ある程度までそれは可能である。だが、その霊性に及んでいる進歩とか変化
を考慮に入れなければならない。本人の現在は、前生より大いに改善された
ものと言えよう」

−悪化することはありませんか?たとえば、前生で犯さなかった失敗を、
今生で犯すような場合に。

「これは本人の進歩いかんにかかっている。もし誘惑に勝てなければ、その結果
として、新しい失敗を犯すことになろう。しかしその失敗も、退歩よりむしろ停滞と
みるべきだろう。何となれば、霊には進歩や停滞はあっても、退歩ということは
決してないのだから」

現世での栄枯盛衰は、過去生の失敗のつぐない、また未来のための教訓と
するなら、その事から、過去生でのありようを推測することが出来るのでは
ありませんか。

「大いにそれはあり得ることだ。過去生での失敗が、この世での罰となって
現れるものであるから。しかしながら、それは絶対的というわけではない。
本能はその性向として、一定の方向をとろうとする。つまり、霊が身にうける
試練とは、過去生の結果のものであり、また未来のためのものであるからである」


運命

人生には運命(それは定義どおりの普通の意味ですが)がありますか。即ち、
予め定められている人生の出来事のことです。もしあるなら、自由意志はどう
なりますか。

「運命があるとすれば、再生の時に、それぞれの霊がこれこれの試練を担おう
と決意をした、その結果があるだけである。この試練を選ぶことによって、彼は
自分のための一種の運命をつくる。その運命なるものは、彼が自分をそこに置き
たいと選択をしたその状況、その当然の結果である。今ここで話しているのは、
肉体的試練についてだけである。と申すのは、精神的試練や誘惑ということに
ついては、善悪いずれを選ぶか、それに従うか拒否するか、これには選択の
自由を霊が残しておくのが通例であるからである。善霊は、しりごみをする人を
見れば、やって来て助けてやる。しかし、本人の意志の働きを犯すところまで
はしない。これに反して悪霊は−つまり未発達霊は、あれこれつべこべと不安
を吹き込んでは、本人を悩ませ脅かす。しかし、そうではあっても、本人の霊が
どんな選択をするか、その意志の自由は残されている」


つまり、今のあなたが自殺をするか、しないか、
それはあなたの自由意志にかかっているということです。
しかし、自殺をすれば、上記のとおり、肉体から
脱け出たあなたが苦しむことになることは明白です。
















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